売木村山村留学センター
売木学園

〒399-1601
長野県下伊那郡売木村45-551
Tel:0260-28-2116
Fax:0260-28-2116
お問い合わせはコチラ

">HOME >  ブログ >  9月15日

売木村の山村留学ブログ

9月15日

20190915 (1).JPG
運動会の翌日9月15日(日)は、売木村の隣り 阿南町新野の新栄山に安置されている『即身仏』を訪ねることに。ひとことで言えば、歩く活動なのですが...。
服装を整え、荷物を準備し、ミーティングで即身仏についての知識を深めた後、10時頃センターを出発! 前日の運動会の疲れが残っているのは承知の上で、出かけたのには理由がありました。日本国内に現存する即身仏は十数体あり、その中の一体が新野に祀られている"行人様"で、年に2回行われる御開帳が、この日だったからです。御開帳の時間内に辿り着かないと、拝めないので、結構速足で歩きます。気持ちの良い秋空の下、毎日歩いている通学路を快調に歩き、売木峠へ。
20190915 (2).JPG
旧道沿いにある下り沢の馬頭観音群の前で、小休止。「もう何㎞歩いたかなぁ。」と聞いたり、行動食を口にしたり水を飲んだり...。11時頃、新野方面に再び向かいました。
20190915 (3).JPG
今は新野方面に行く時にはトンネルを通りますが、この日はトンネルができる前に使われていた売木峠(旧道)を歩きました。村境までは上り。先月末の登山に比べたら、遥かに楽。途中、草花遊びをしたり、ツリフネソウの熟果に触れ、裂けて種子が弾き飛ぶ様子を面白がったりしていた子たちもいました!
20190915 (4).JPG
しばらくすると、「もう5kmは歩いたかな?」「あとどれくらいでお昼(お弁当)?」と何度も聞いたり、他人に手を引いてもらおうとしたりする子たちもいて、疲れてきた様子。しかし、峠を越えて振り返ると、村境を示す"売木村"の看板を発見! 「今、売木を出た? 新野に入ったってこと?」と、はしゃいでいました。そこからは、どんどん下るのみ。
20190915 (5).JPG
時々水分補給をしたり、行動食のお菓子を食べたり、飴を舐めたりしながら足早に下り、新野の町なかに差し掛かりました。目指すのは瑞光院というお寺。行人様(今から約380年前の生まれで、本名を久保田彦左衛門という)が最後に身を寄せた所です。
20190915 (6).JPG
足取りが重い子もいましたが、12時頃、瑞光院に全員到着。センターからお弁当がデリバリーされるのを待って、お楽しみのランチタイム!
20190915 (7).JPG
即身仏は、ミイラと同一視されがちですが、全く別なものだそう。他力(人工的)あるいは偶然(自然)にその姿になったものがミイラであり、自力でその姿になったものが即身仏。即身仏は厳しい修行の末に体内から脂肪や水分を落とし、腐敗雑菌の発生を防ぎ朽ちない身となり、土の中に入って断食死し、その数年後に掘り出されたものをいうのだとか。
20190915 (8).JPG
行人様は、即身仏になるために1日に食べたのは湯のみ茶碗にそば粉一杯だけで、銅の傘を被り、鉄下駄を履き、鉄の杖を手に全国を7回も歴訪しながら寺社仏閣を訪ね歩くという厳しい修行を17年間続けた という話が残っています。行人様が続けた厳しい修行に比べたら、学園生たちの毎日やこの日の活動なんて生温いもの。(学園生たちは即身仏になろうとして、山村留学という修行をしているわけではないので、比べる必要はないのですが...(笑)。)一日にそば粉一杯ではないし、一食にごはんもおかずもたくさん入ったお弁当! 行人様は凄すぎるようで、「おいしいねぇ。」と幸せそうに食べていた学園生たちでした。
20190915 (9).JPG
食休みをした後、新栄山の行人堂へ向かいました。距離はあと2.5kmほどですが、ずっと上り。だんだん縦長の列に。
20190915 (10).JPG
頑張って一歩ずつ足を前へ前へ。
20190915 (11).JPG
足を痛めていた子も行人堂の数百m手前から合流し、全員揃って最後の坂道を上りきり...。センターから距離にしておよそ12km。13時40分頃、ようやく行人堂に辿り着くと、付近には屋台などが出る賑わい。地元の人々だけでなく、遠方からも多く訪れていました。行人様が瑞光院の裏山にある新栄山を最後の修行の場として、山頂に穴を掘って内部に石室を作り、その中で断食死するまで読経を続け、即身仏になったとされる場所。いよいよ、行人様とのご対面です!
20190915 (12).JPG
300年以上経ったとは思えないお姿で、今も生きているかのように座っていらっしゃる行人様を拝む学園生たち。横に飾られていた鉄の杖や鉄下駄を見て、「こんなに重い物を持ったり履いたりして歩いていたの?」と驚きの声をあげていました。武士であったといわれる行人様が修行僧となったのは、ある時、山に薪を取りに行った留守中に家が火事になり、一瞬にして最愛の妻と子どもを失ったからだそう。深い悲しみに暮れ、この世の無常を感じ、神仏の力にすがることを思いついて修行僧となり、厳しい諸国巡業の旅を続けた後、即身仏となったのだとか。参拝待ちの列ができていたので、僅かな時間でしたが、子どもたちはそのお姿をしっかりと目に焼き付け、行人様に思いをはせ、何かを感じとったことでしょう。
新栄山を下った辺りで、迎えの車に乗り、疲れた体に鞭打って3時間弱歩いた行きの道中を振り返る間もなく、十数分でセンターに到着。
20190915 (13).JPG
午後7時からは行人様奉納大煙火大会が行われるということで、いつもより早めに夕食を食べ、車で新野へ。午前中に歩いた旧道の上に架かる橋の上で、皆で花火を見ました。防寒対策で、長袖・長ズボンで出かけ、ちょうどよかったよう。
20190915 (14).JPG
大きな花火が打ちあがるたびに、歓声をあげていた学園生たち。ほぼ満月と花火のコラボを楽しむこともできました!
20190915 (15).JPG
予想以上に時間が長く、飽きてきたのか、1時間ほど経つと「もう、おしまい!」と言って勝手に終了にしようとする子や、うつらうつらしていた子たちも...。1時間ちょっと過ぎ、2尺玉入り大スターマインがフィナーレを飾ったのを見届け、帰って掃除をしてから、すぐに就寝。

19/09/17

ひとつ前に戻る